AEDはどのようにして日本に普及してきたのか?

2014年の今年は、AEDがわたしたち一般市民にも使用が認可されたと同時に、
全国の至る所に普及が開始されて10年目を迎えます。

欧米ではもっと早くから普及していましたが、日本ではどのようなきっかけで全国各地に導入されるようになったのでしょうか?

AEDが日本に導入されるようになった理由

2004年から一般市民にも使えるようになったAEDですが、一刻を争う現場に関わる消防署の救急救命士にさえ使用できるように法改正されたのは2003年の事でした。

それまで医療従事者のみしか使用できなかったAEDが、多くの人が使えて広く普及されるようになったのはこのような理由があります。

 2002年にカナダ大使館でスカッシュの練習を行っていた高円宮憲仁殿下が、心室細動による心不全で倒れられて47歳という若さで急逝されました。

この出来事があった後に「もしもAEDがあったら…」という声が上がり、
わずか2年という期間で一般市民にも使えるまでに法改正されたのです。

そして他にも著名な方が突然死によってお亡くなりになりましたが、スポーツ界でも3年前に「AEDを早くに使用できていれば結果が違っていたのでは…」

というような死亡事故が起きました。

 2011年8月4日に元横浜FCで当時は松本山雅FCに所属していた松田直樹選手が練習のランニング中に急に倒れ、そのまま心配停止となり34歳という若さでこの世を去りました。

3年前の事で大きなニュースにもなったので、覚えている方も多いのではないでしょうか?

この時、練習場所にAEDが設置されていなかったことが悔やまれますが、設置されていれば「AEDによるもっと早い段階での処置ができたのでは?」と波紋を呼びました。

この死亡事故の後、JFLへのAED設置が義務化となりました。

このように「AEDがあれば助かったかもしれない」という死亡事故は著名人だけでなく他にも多くの事例があります。

そしてこれらの出来事をきっかけに
「AEDによって救える命を増やそう」と全国に普及していきました。

AEDによって多くの命が救われています!

実際にAEDの使用で救われた方もたくさんいらっしゃいます。

例えば…

 2005年の愛知万博ではAEDによって数名の方が命を救われました。

 2009年にはタレントの松村邦弘さんがマラソン中に急に倒れられましたが、救護班のAEDによる処置によって助かりました。

このように、
AED使用によって救命される確率は高くなるのです。

今後も普及が進みもっと多くの人にAEDを使用する事の重要さが知られるようになれば、もっと多くの命が救われるのではないでしょうか。